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川の流れのように、身体の感覚を観察します(後半)
2014.12.31
今日は大みそか。
今年も一年間、ほんとうにありがとうございました
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます
さて、年を越す前に、前回の続きを書いておきますね。
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心地よい感覚、たとえば、あたたかい、ゆったりしている、安心した、落ち着いた・・・
などでしたら、ただそれを感じていればよいのですが。。。
不快な感覚とつきあうには、ちょっとしたコツがあります。
その前に、不快な感覚とは、たとえば・・・
かたい、冷たい、痛い、怒りの感覚、悲しみの感じ、しびれたような、マヒしたような、
ざわざわする・・・などなど。
ほかにもいろいろありますし、もちろん人によって違います。
「痛み」や「怒り」などは、わかりやすく不快なものですが、中には、はっきりしないものもあります。
たとえば、「じんじんします」とか「腕に重さを感じます」などという感覚は、それが不快なものかどうかはご本人にたしかめなければわかりません。
そんなとき、私はよくこんなふうにお尋ねします。
「それはざっくり3つにわけると、心地いい? それとも不快? それともニュートラル?」
そして、その答えが「不快です」だったときは、さらにこうお尋ねします。
「それは、楽に観察していられるくらいのもの?」
「それとも、あまり感じていたくない?」
そうすると、SEに慣れている方ですと
「大丈夫、観察できます^^」とか、
「これはちょっとイヤですね」とか
「感じていると、強くなってきそう」
などと、教えてくださいます。
楽に不安なく観察していられる場合、観察を続けてもらいます。
そのとき、私はよくこんなふうにお伝えします。
「じゃあ、それを観察してみましょうか」
「でも、そこだけに注目する必要はありません」
「足の裏やお尻が椅子や床についているのを感じながら、注意をふわ~っと全体に広げて
くださいね」
「そうしていると、次はどうなるか、待ってみましょう」
ここでのポイントは、
・そこだけに注目せず、注意は広く全体に。
・足の裏やお尻を感じることで、安定感も同時に感じる。
ことなんです。
これは、不快な感覚に注意を一点集中し続けることによって、その感覚がどんどん強まり、
広がって、手におえなくなるのをさけるためです。
注意を身体感覚に向けながらも、その不快感に飲み込まれてしまわないための工夫です。
こうしていると、たいていの場合、その感覚は次の新たな感覚に変化していきます。
そうしたら、また楽に向き合えるようになりますから、無理なく解放に向かっていけるわけです。
一方、その不快な感覚に、これ以上注意を向けない方がよいときというのは、
そうすることでそれに飲み込まれる可能性がかなり高いときです。
たとえば、以下のような場合。。。
・その感覚が不快すぎる、または強すぎる、または広範囲すぎる。
・それを観察し続けるのは、ちょっと不安、またはこわい。
・ 観察し続けていると、その不快感がどんどん強まる感じがする。
・だんだん身体がかたまったり、手足が冷たくなったり、頭がぼ~っとしたりしてきた、など。
上のどれか1つでもあてはまる場合のおすすめは、さっさと退避、退却、撤収~!なんです。
つまり、逃げる!
「え、逃げてもいいんですか?!」そうおっしゃる方もおられますが、
はい、逃げてもいいんです。
むしろ、さっさと堂々と一緒に逃げましょう!(笑)
というわけで、今までは身体感覚、つまり身体の内側に向けていた注意を、さっさと身体の外側へと
向けかえてしまいます。
身体の外とは、つまり環境。
これは、見えるもの、聞こえるもの、においなどです。
注意を内から外へと向けかえていただくために、私はよく
「ゆっくりまわりを見てみましょう」
とお誘いします。
「今、この部屋で楽に目に入ってくるものはなんでしょう?」
「見ていて心地よいものが何かありますか?」
「何かふと目にとまるものがあるでしょうか?」
などとお聞きします。
みなさん、
「目の前の植物です」とか
「あそこのぬいぐるみと目があいました(笑)」
とか、教えて下さいます。
そうしたら、それを一緒にながめます。
それについて少しおしゃべりをすることもあります。
「この植物、元気によく育ってますね」
「そうなんです、ずいぶん背が高くなったでしょ?」とか
「あのぬいぐるみ、前からありましたっけ?」
「つい最近買ったばかりの新入りなんですよ」
などと。
実は、人と会話をするという行為は、身体の内側に注意を向ける行為のまさに対極。
ただまわりを見るという以上に、積極的に外の世界と関わる行為なのです。
ですから、まわりを見たり、さらに私と会話をたりしているうちに、注意が自然に外に切り替わっていくのです。
そうしながら時間を過ごしていると、たいていの場合、不快な感覚は消えていたり、
弱くなっていたりします。
また、ただ不快感が消えるだけでなく、不快感が起こる前よりも、もっと落ち着いていたりします。
一度起こった不快感に飲み込まれることなく、落ちつきを取り戻すことができたとき、
私たちの神経系の刺激に対する許容量は、ちょっとだけ大きくなっています。
ちょっとだけ、前よりも自分の中に生じる不快な刺激を感じても大丈夫になっているのです。
あのとき、逃げたからこそ得られた変化です。
いったん退却してゆっくり落ち着く・・・
これを繰り返しているうちに、神経系の許容量はますます大きくなっていき、
トラウマエネルギーを解放をするための準備がととのっていくのです。
おわり。。